その道を歩きたくない。あの人がいるかもしれないから。勉強する場所を変えたのに、見つかった。たまたま見かけたので、と言って、また作ってきたミサンガを置いていった。あの一言を思い出すたびに、鳥肌が立つ。でも、悪いことをされたわけではない。物をくれただけだ。そう自分に言い聞かせて、誰にも言えずにいる。恋愛相談の現場で、この形の相談を受け取るたびに、私が最初に伝えることは決まっている。あなたの恐怖は過剰ではない。そして、彼の心理を理解する必要は、あなたには一切ない。
あなたが感じた恐怖
場所を変えたのに見つかった。店内まで入ってきた。たまたま見かけた、と言われた。この三つが揃った時点で、あなたが感じた鳥肌は、状況を正確に読み取った反応だ。
危険を察知する感覚は、理屈より先に働く。そして、この種の場面では、その感覚のほうが正しいことが多い。頭で考えると、まだ何もされていない、大げさかもしれない、という結論が出る。体はもう答えを出している。
まだ被害と呼べない、と自分に言い聞かせるのをやめる
この相談で私がいちばん多く見てきたのは、自分の恐怖を自分で値引きする人だった。
物をくれただけ。話しかけられただけ。手を出されたわけじゃない。だから騒ぐほどではない。そう考えて、記録も相談もしないまま、月日だけが過ぎていく。
その値引きが、いちばん危ない。行動がエスカレートしたときに、最初の頃の記録が何も残っていないことになるからだ。
悪意がなくても、恐怖は本物
彼に悪意がないかもしれない、という可能性は、あなたの恐怖を打ち消さない。
悪意のない人がやったことでも、あなたの生活はすでに変わっている。図書館に行けなくなった。カフェも安全ではなくなった。その道を歩きたくない。これは、実害だ。
意図がどうであれ、あなたが行ける場所が減った。その事実だけで、対応する理由になる。
彼が何をしたいのか、理解しなくていい
心理が知りたい、とあなたは書いた。その気持ちはわかる。ただ、この理解は、あなたを守らない。
理由はこうだ。彼の心理がわかったところで、あなたのやるべきことは一つも変わらない。悪気がないとわかっても、記録は必要だ。好意があるとわかっても、距離は取る。彼が寂しかったのだとわかっても、あなたが図書館に戻れるわけではない。
理解しようとする時間が、あなたを止める
彼を理解しようとしている間、あなたは動けない。
もしかしたら悪い人じゃないのかも。傷つけたら可哀想かも。この思考が始まると、通報も相談も、全部が先送りになる。そして、その先送りの時間に、彼の行動は続く。
私が見てきたなかで、対応が遅れた人の多くは、相手を理解しようとしすぎた人だった。優しい人ほど、そうなる。
それでも知りたいなら、一行だけ
こういう行動を取る人には、共通した誤読がある。あなたが強く拒絶しないことを、拒絶ではないと読む。
離れた席に座る。話しかけられて曖昧に笑う。受け取りたくない物を、断りきれずに受け取る。それらはすべて、彼の中では、まだ望みがある、に変換される。
これは、あなたが悪いという話ではない。断れなかったことを責めるつもりは一切ない。ただ、彼のなかで何が起きているかを一行で言うなら、それだけだ。
手作りである、という一点
手作りの物を繰り返し渡してくる。ここは、軽く見ないほうがいい。
買った物と違い、作った物には時間がかかっている。作っている間、彼はあなたのことを考え続けている。そして、渡すたびに、その時間が積み上がっていく。彼の中では、関係が育っている。あなたが受け取っていない、という事実とは無関係に。
理解を捨てて、記録と距離に切り替える。それが今日からやることだ。
今日から始める、三つの記録
まだ何もされていない、と思っている今こそ、記録を始める。
何を書くか
日付。時間。場所。何があったか。相手の言った言葉。あなたが返した言葉。周りに誰がいたか。
スマホのメモでいい。あとから思い出せる形で残す。これまでのことも、覚えている範囲で書く。四月から話しかけられるようになった。図書館で複数回ミサンガを渡された。何月何日ごろ、スタバに入ってきて、たまたま見かけたと言った。
記憶は薄れる。薄れたあとで必要になったときに、書いていなかったことを悔やむ人を、私は何人も見てきた。
物は捨てない
渡されたミサンガは、捨てたくなると思う。捨てないでほしい。
袋に入れて、日付を書いて、しまっておく。渡された物は、事実があったことの証拠になる。あなたの言葉だけより、物があるほうが、ずっと強い。
見たくないなら、透けない袋に入れて、目につかない場所に置く。
一人に話しておく
家族でも、友人でも、大学の職員でもいい。今こういうことが起きている、と一度だけ話しておく。
誰かが知っている状態を作る。この状態は、あとから効いてくる。相談するときに、最初から知っている人がいるかどうかで、話の進み方が変わる。
そして、あなたが一人で抱えている限り、この件はあなたの頭の中だけで膨らみ続ける。
相談していい段階は、すでに来ている
被害届を出す段階ではない、と思っているかもしれない。相談する段階は、それよりずっと手前にある。
警察相談専用電話
緊急ではないが、相談したい。そのための番号がある。#9110。
事件になっていなくても使える。今こういうことがあって、怖い。その話をしていい場所だ。ここで相談したという記録が残る。この記録が、次に何かあったときの土台になる。
つきまとい行為については、警察が加害者に警告を出せる制度がある。あなたが被害届を出さなくても、動ける段階がある。まずは、何ができるのかを聞くだけでいい。
大学や学校の相談窓口
学生なら、学生相談室がある。無料で使える。恋愛の話も、こういう話もしていい。
図書館が大学の施設なら、職員に伝えておくことにも意味がある。あの人が来たら知らせてほしい、と頼める場合がある。
図書館やカフェの職員
その男性が入ってきたら困る、という事情を、店や施設のスタッフに伝えておく手もある。名前を出す必要はない。あの人に話しかけられて困っている、と伝えておくだけで、次に何かあったとき、周りに知っている人がいる状態になる。
一人で対処しない。ここが、いちばん大事なところだ。
断るときの形と、やってはいけないこと
もし次に会ってしまったら、という不安があると思う。そのときの形を、先に決めておく。
二人きりで話さない
人のいる場所で、短く終わらせる。二人だけの場所で話をつけようとしない。
呼び出されても行かない。外に出ましょう、と言われても出ない。
言葉は短く、はっきりと
受け取れません。もう話しかけないでください。
これだけでいい。理由は言わない。理由を言うと、その理由に反論する余地を与えることになる。彼氏がいるので、と言えば、じゃあ別れたら、になる。忙しいので、と言えば、じゃあ暇なときに、になる。
嫌です、で終わらせる。曖昧に笑わない。ごめんなさいと謝らない。あなたは何も悪いことをしていない。
受け取らない
差し出された物を、その場で受け取らない。受け取ってしまった場合は、袋に入れて保管する。
一度受け取ると、次も受け取ってもらえると学習される。断るのが怖い場面なら、無理に押し返さず、受け取ってその場を離れ、記録して保管する。あなたの安全のほうが優先だ。
いま、あなたの生活を取り戻すために
彼の心理を解明する必要はない。あなたが取り戻すべきなのは、勉強する場所と、歩きたい道だ。
行動のパターンを崩す
同じ時間に、同じ場所に行かない。ルートを変える。時間帯を変える。予測されにくくする。
不便だと思う。理不尽だとも思う。あなたが何もしていないのに、あなたの生活のほうが変わっている。それは間違っている。ただ、今この瞬間に安全を確保することが先だ。理不尽さは、あとで取り返せる。
一人にならない時間を増やす
友人と一緒に勉強する。人の多い時間帯を選ぶ。誰かと一緒にいるとき、彼は近づきにくくなる。
眠れない、外に出られない状態になっているなら
その道を歩きたくない。あの場所に行きたくない。その状態が広がっていって、外出そのものが怖くなる人がいる。
眠れない。食欲がない。誰かに見られている気がして落ち着かない。ここまで来ているなら、恋愛や人間関係の悩みとして扱う段階を越えている。医療機関や、自治体の相談窓口、学生相談室を頼ってほしい。そこで扱われるのは彼の心理ではなく、あなたが眠れているかどうかだ。
あなたが悪いところは、ひとつもない
図書館で勉強していただけだ。カフェで勉強していただけだ。あなたは、何ひとつ間違ったことをしていない。
優しく対応してしまったことも、はっきり断れなかったことも、あなたの落ち度ではない。怖い相手に対して、その場をやり過ごそうとするのは、身を守るための正常な反応だ。
彼の心理はわからないままでいい。わからないまま、記録を取り、誰かに話し、相談窓口の番号を知っておく。それで足りる。
FAQ
この段階で警察に相談していいのですか
していい。事件になっていなくても、警察相談専用電話の#9110が使える。つきまとい行為には警告制度があり、被害届を出さなくても動ける段階がある。何ができるのかを聞くだけでいい。
ミサンガは捨てていいですか
捨てない。袋に入れて、渡された日付を書いて保管する。渡された物は、事実があったことの証拠になる。見たくないなら、透けない袋に入れて目につかない場所へ置く。
相手の心理を知れば、対処できますか
心理がわかっても、やることは変わらない。悪気がないとわかっても、記録は必要で、距離は取る。理解しようとしている間、対応が止まる。そこがいちばん危ない。
はっきり断ったら、逆上されませんか
その可能性はある。だから、二人きりの場所で話さず、人のいる場所で短く伝える。そして、伝えたことを友人や家族に知らせておく。一人で解決しようとしない。
大げさに騒いでいるだけではないですか
すでに、行ける場所が減っている。図書館に行けなくなり、カフェも安全ではなくなり、その道を歩きたくない。それは実害だ。相手に悪意があるかどうかとは関係なく、対応する理由になる。
何を記録すればいいですか
日付、時間、場所、何があったか、相手の言葉、あなたの言葉、周りに誰がいたか。スマホのメモでいい。四月からのことも、覚えている範囲で書き出しておく。

